2008年6月24日火曜日

小池一夫の講演会に行ってきた

今週の日曜日(6月22日)の午後、「子連れ狼」「修羅雪姫」などの
原作者である、現在大曲在住の小池一夫氏の講演と、
映画上映が行われるというので、中仙のドンパルに行ってきた。

到着したのは開演時刻の午後2時の少し前で、ホールの7割ぐらいが
埋まっていていて、私は比較的空いている後側の席に座った。
周りを見渡してみると、座っているのは大体5,60歳代ぐらいで、
私と同世代の人は数えるぐらい、まあリアルタイムで「子連れ狼」を
観ていたのはこの世代なんだろうなぁと思ったりもした。

午後2時を少し過ぎて、まずは大仙市長のあいさつと紹介。
その中で、昭和11年会のところを21年会といい間違えて
会場がざわめいたりした。
紹介されて登場した小池氏は、「10年若く言ってもらって嬉しい」
などとジョークをとばしながら講演を始めた。
少年時代に立川文庫や講談社の本を読みふけり、あとでその内容を
級友たちに話して聞かせていた頃の話から、だんだんと武士と死と
葉隠の関係についての話になっていき、これについては正直武士道を
美化しすぎなのではないかとも思ったりした。
でもその後、勝新や若山富三郎との交流や、自分の作品の海外での
受け入れられ具合についての話は面白かった。
あと最近では、自分の作品も含めて時代劇がだんだんと世の中から
受け入れられなくなっている事や、大学で後進を教えながら
その現場で起こるディスコミュニケーションなど、
いろいろありながらそれでも自分で映画やアニメの製作を進めている
という話には感慨深いものを感じる、とともに作家としての執念を
感じた。
一時間ぐらいたつと、話が終わったけどまだ時間があるようで、
侍が刀を持つときや抜くときの作法の話を10分ほどして講演が終了。

15分ぐらい休憩をはさんで、
1993年作、映画「子連れ狼 その小さき手に」を上映。
映画自体は、主演の田村正和をはじめ、キャストが豪華だったが、
河原崎長一郎や沖田浩之といった故人を観ると、90年代とはいえ
昔の映画だなぁと寂しいものを感じた。
内容はオーソドックスな時代劇で、昔の作品のようなリズム感に
乏しく、わざわざ大作的に作っているので、
そうしないで、少々展開が強引でもプログラムピクチャー的な
テンポで撮ったほうが良かったのではないかと思いながら観ていた。
70年代の市川こん(漢字が無い)や斉藤耕一的なものを
作りたいのかもしれないのかなといった風景と人間との描写は
それなりには良かったと思う。
私的には、子連れ狼といえば萬屋錦之介のイメージが世代的に
強すぎたので、あまり肯定的な評価ができなかったのかもしれない。
ただ、最後の田村正和と仲代達矢の決闘シーンはそれまでとは
うって変わって、しつこかったのが気に入った。
全体的に、最初にも言ったように大作としてではなく、
普通の時代劇の感じで作ったらもっと良かったのにという
残念な印象を感じた。
2時間ほどの上映時間だったが、15分ぐらいけずってテンポを
早くして、メリハリをつけたらいいのにと私は思う。

午後5時過ぎ映画が終り、ロビーに出るとやっぱり年配の人が
多くて、時代劇は一部のマニアのものにだんだんとなっていくのかなと
寂しい気分になりながら会場を後にした。

2008年6月22日日曜日

暴動(スライ&ファミリーストーン風に)

最近、大阪の西成で大規模な暴動があって、
現地ではものすごい事になっていたらしいことをネットで知った。
「らしい」というのは、一部のローカル局を除いて新聞やテレビでは
全く報道されないので、現時点では全体像が掴めないのだ。
私が知っている限りでは、事の始まりは12日に警官が労働者に
暴行をはたらいたのがきっかけになって、1990年の暴動以来の
大きな暴動が起こって多数の逮捕者を出したらしいことぐらいだ。
この事件について、日本のマスコミはほとんど動かなかったが、
イタリアのテレビ局のクルーが現地で取材をしたらしい。
自分ではパソコンを持っていないので、その映像を観ることが
できないけど、この件についてはなんとか情報収集をしていこうと
思っている。
90年の暴動のときは大ニュースで、当時、高校生だった私も
現地に行ってみたいと思ったほどだったが、なぜ今回の暴動が
マスコミにほぼ黙殺されているのかは、秋葉原の事件につづいて
このような事が起こったと報道されると、政府だけではなく
この国の支配層全体にとって都合が悪いのだろうとは推測できる。
05年のフランスの暴動のように、新自由主義者に都合のよい
結果にならなければよいと思うのだが。
とにかく、真実が表に出ることを痛切に願う。

2008年6月18日水曜日

土曜日に起こった地震

先週土曜日(14日)の朝、ちょうど目が覚めた時、ドドドドーと
音が鳴りながら、地面が揺れ始めた。相当強い揺れで、本棚の本が
崩れたりした。揺れが収まってからベッドから立ち上がって
テレビをつけると、早速ニュース速報で地震の報道が始まっていた。
あとで外に出てみると、角館の街はいつも通りだったが、
ニュースでは横手や湯沢のほうでは窓ガラスが割れたり、天井が
落ちたりした模様がVTRで流されていた。

その後、月曜日に用事で秋田市内に行ったとき
友人と話をしていたら、彼から秋田と宮城を結ぶ道路が崩れたという
はなしを聞いたりした。
その話を聞きながら、もうちょっと震源がずれていたら高速道路や
新幹線も危なかったのではないかと思ったりもした。
思えばこのぐらいの大きな揺れは、こちらでは25年前の
日本海中部地震以来だ。あのときもすごい揺れだったと記憶している。
まあ、数年に一回ずつどこかで大きい地震が起こっているから、
ある意味で日常的になってしまったところがある。
特別なものではないから、諦めのような感情がはたらくのかもしれない。

話は変わるが、水野晴郎氏がこの前亡くなった。
70代だから仕方がないのかもしれないが、毎週のように
訃報を聞くとさびしいものがある。

2008年6月13日金曜日

文藝春秋の7月号に

文藝春秋の7月号に、吉本隆明氏の最近の蟹工船ブームを論じた
文章が載っていたが、その内容はといえば、小林多喜二と
中野重治から始まって、村上春樹の現在におけるリアリティ性に
まで言及したものだった。
吉本隆明といえば、1995年頃に、吉本の思想に傾倒した
知人がいて、オウム真理教の事件をめぐって彼とやりあったことが
あったので、愛憎半ばするものがあったのだが、
この文章には、老人特有の偏狭さや説教臭さがなくて、
自然な境地に達している感じが出ていて良かったと思う。
後半で論じられるアメリカ文化における黒人の役割についての
評価も理解できる。
程度こそ違え、ブラジルやキューバなどの文化も同じだとも思った。

2008年6月11日水曜日

社会構造が生んだ「狂鬼人間」

今月8日(日)に秋葉原で起こった無差別殺傷事件については
テレビ、新聞やネットで事件の背景について調べていたのだが、
色々と浮かび上がってくるものがあった。
ネット言論の中で、極端なものでは警察が前もって情報をつかんで
いたが、犯人をわざと泳がせて(現場の警察官を見殺しにするかたちで)
犯行をさせたという真珠湾攻撃を彷彿とさせる説もあったが、
私はそれには少し異論がある。
ここではそれは言わないが多分、新宿歌舞伎町の次に浄化の対象に
されるのが秋葉原あたりではないかと考えている人々が発信
している情報なのではないかと思う。
私がここで重要だと思ったのは、犯人が工場の派遣などを転々と
していたという事実だ。ネット言論の一部にある、これは単に
キレやすい人間が起こした犯罪というよりも、労働問題や、
90年代以降の社会構造が生み出した犯罪だという見方に共感する。
おそらく銃刀法や警察力を強化しただけの小細工では
こういった犯罪はなくならないだろう。
劣悪な労働環境(教育環境も含む)で精神を破壊された人間が
いるかぎり、自殺者や殺人鬼が減ることはないと思う。

そういえば、今回の事件の映像を見て思ったことだが、
これは昔に観た、怪奇大作戦の「狂鬼人間」の話によく似た光景
だった。人工的に精神を異常にさせられた人間が犯罪を繰り返す
といった内容で、後半、岸田森が発狂させられて街中を走り回る
シーンによく似ていた。
これが、現在の労働環境のなかで生み出されたのだ。
それでも竹中平蔵や宮内義彦のお仲間である奥谷禮子あたりなら
本人のせいだと説教をたれることだろう。
彼女本人は工場や日雇いで働いたことは無いのだが。
キレやすい人間や心の弱い人間だったらこの世の中には
いくらでもいる。かく言う私だってその一人だ。
私はこの事件を機に、2,30代の派遣社員やニート、フリーター
たちが、犯罪者予備軍扱いされて、社会的に疎外されるのを
危惧している。昔、宮崎勤事件があったときは中学生だったが、
逮捕の翌日、周りからいやな目にあわされた。
あの頃に似ている。

すこし話は変わるが、中学の頃の同級生で、昔いじめられっ子
だったが、バンドブームの時代になってから仲良くなった奴が
いた。私も含めて、流行からさかのぼってオリジナルパンクや
70sハードロックなどを聴くようになったものが何人か
いたが、彼もその一人だった。
あるとき、彼は教室にSEX PISTOLSと落書きをして
担任にキレられたことがあった。
おそらく、担任はセックスピストルズが何なのか知らなかったの
だろう。物凄い剣幕だった。ただ、どちらかといえば
彼はラモーンズなんかの方が好きだったと記憶している。
当時はバブル末期だったが、田舎なので実感が全くなく、
彼は中学校を卒業したあとは高校に進学しないで
東京に働きに出て行った。今どうしているのだろうかと
パソコンに向かいながらふと思う。

2008年6月5日木曜日

またしても訃報。

昨日、たまたま菊地成孔氏のホームページを除いてみると、
6月2日の日付でウガンダ・トラの訃報と生前の彼とのことに
ついていろいろと述べていた。
この詳しい内容については直接菊地氏のサイトを見てもらうとして、
私が知っているかぎりでは、やはり「オレたちひょうきん族」時代の
ウガンダが有名だった。どちらかといえば、音楽的というよりも
完全に芸人的な感じだった。その後になって、たまに
ビジーフォーでドラムを叩いている姿を時々テレビで観たりして
それも印象に残っている。
そういえば、コミックバンドって現在ではほとんどいなくなったな。
80年代ぐらいまではだいぶいたのだが、バンドブーム以降は
いかにもコミックバンド的なものは姿を消してしまって
(それ以前からの生き残りは別として)、
知っている限りでは1,2を数えるぐらいになった。
これは菊地氏も言及していたが、同じようにハコバン文化も
だんだんと廃れつつある。1995年頃、バイト雑誌で
楽器を演奏する人求む、という求人広告があったことが記憶に
残っているので、その時代にはまだあったのだろう。
今ではどうなっているのだろうか?

話は変わるが、昨日(6月4日)の新聞を読んだら、
ボ・ディドリーの訃報記事が目についた。79歳だったらしい。
そういえばギタリストのレス・ポールはどうなっているか
気になって調べてみたら大丈夫だった。
90歳を過ぎているけど元気らしい。ぜひ100歳まで
現役ギタリストとして頑張ってもらいたいものだ。

2008年6月1日日曜日

久しぶりに朝まで呑んだ

この前の金曜日、とある用事で秋田市内に行ったときのこと。
そのままみんなで居酒屋まで行くので後に付いていくことになり、
後はそのまま朝まで呑んだりしていてとても面白かった。
ということで、
エガちゃん、コバヤシさん、カトウさん、その他もろもろの
方々、これからもよろしく。